トム・ヴァーレインありがとう

昨年からの悲しい訃報続き…
1/28、トム・ヴァーレインが73歳で亡くなってしまった。


テレヴィジョンの1stアルバム『マーキー・ムーン』が発売されたのは1977年。
その頃の私はQUEENやチープトリックに夢中、まだまだテレビジョンとは無縁の中学1年生。
しかも2枚のアルバムを出し、あっという間に解散してしまった。

高校生になった頃、リアル・タイムで耳に入ってくるクラッシュなどのUKパンクを知り、それと同時にニューヨーク・パンクというものを知った。

個人的にはこっちだなと聴き始めたのがテレヴィジョンやヴォイドイズ…
ニューウエイヴ系の音楽にハマっていた私には、こっちの方がしっくりときたし、トム・ヴァーレインの長身で華奢、端正な顔立ち、文学的な歌詞にも惹かれた。

1曲目の「See No Evil」に一瞬でやられる、カッコええ~!!


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死ぬほど聴いたアルバムだからか、今あまり聴きたいとは思わなかったりするけれど、久々に聴くとやっぱカッコいい!
初めて聴いた時の衝撃が蘇る。

私は2ndアルバムの『アドヴェンチャー』に入っている、どこかノスタルジックな雰囲気の「デイズ」がいちばん好き。


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1992年、14年ぶりにテレヴィジョン再結成、アルバム『テレヴィジョン』発売&来日。
私も喜び勇んでライヴに行った。
音源でしか聴いたことのなかったテレヴィジョンが目の前で演奏している。
興奮のあまりよく覚えていないのだけど、音源に忠実な演奏だった記憶。
ギターのフレーズも声も歌い方もおんなじ!!
テレヴィジョンは14年経ってもテレヴィジョンだった。


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それ以前にトム・ヴァーレインのソロ・ライヴも観に行っているのに、ほとんど覚えていない、東京だったか札幌だったかもうろ覚えで…
どちらもライヴハウスではなくホールでのライヴだった。
一緒に行った人たちを思い返すと札幌だったような気がしなくもないし、でも札幌にトム来るか~?って疑問もある。

でも、リチャード・ヘルジョニー・サンダースだって札幌に来てくれた時代、トムだって来てくれたかもしれない。
いや、もう~全然わからない!知ってる方いたら教えてほしいくらい。


テレヴィジョンの音楽に触れることがもしなかったら、自分はギターを続けていなかったかもしれない。
いわゆるロックンロールのギターがあまり好きではなく、トム・ヴァーレインのようにリチャード・ロイドのように…
自由に好きなように弾いていいんだってことを、テレヴィジョンから教えてもらった気がする。

トム・ヴァーレインのご冥福をお祈りいたします。

Friday I'm In Love 聴き比べ


10代の頃から聴いていて今も変わらず大好きなバンドって意外と少ないもの。
久々に聴き、懐かしい~っていう感じになるのとは違う、今も昔も印象は変わらず自分の中で色褪せないバンド…
解散していないことが大きいのかもしれないけど、キュアーがこんなに息の長い世界的なバンドになるとは、ロバート・スミス恐るべし。

好きな曲はたくさんあるけど、今回はこの曲。


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本家キュアーの「Friday I'm In Love」は何だか可愛らしい印象の曲だけど、スカーズオン45がカヴァーすると、しっとりした優しい印象の曲になる。


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ウェールズ出身幼なじみバンドのステレオフォニックスによるカヴァーも良い。
このMV見ると、自分も機会があったらカヴァーしてみたいような衝動に駆られる。


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ヨ・ラ・テンゴになると、何だか本家キュアーより演奏してるのでは?ってくらいの安定感。


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他にも再結成スマッシング・パンプキンズ、イハくんが歌う「Friday I'm In Love」なんかもあるんだけど、あまりに残念な感じのため見送りで…。
最後はキュアーのアコースティック・ヴァージョン。


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キュアーの魅力はポップでキュートな感じの楽曲はもちろんのこと、ロバート・スミスの一度聴くと忘れない声と歌い方に尽きるような気がする。

そしてどこかふにゃふにゃとしていて、やっぱ猫みたい。
ちょっとぽちゃっとしていて頭の大きな媚びない猫。

冷戦の壁を崩壊へと導いた3人のロックミュージシャン

あけましておめでとうございます。
よろしければ今年もおつきあいくださいね ^ ^

年末の30日、NHKで放送された「映像の世紀バタフライエフェクト『ロックが壊した冷戦の壁』」という番組を観た。
冷戦の壁を崩壊へと導いた3人のロックミュージシャンと鼓舞された人たちについての物語ーその3人とはニナ・ハーゲン、デヴィッド・ボウイ、そしてベルベット・アンダーグラウンドルー・リード)。

NHK映像の世紀バタフライエフェクト「ロックが壊した冷戦の壁」より)


当局の厳しい管理下に置かれていたビートルズの音楽がやすやすと冷戦の壁を超えたところから物語は始まる。
その東ドイツビートルズに夢中になった19歳のニナ・ハーゲン、自由のない東ドイツへの抵抗のメッセージを潜ませた「カラーフィルムを忘れたのね」が大ヒット。


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ニナ・ハーゲンがこんなに可愛らしかったことに驚いた。
私が中学生の頃はどぎついメイクと奇抜な衣装、パンクオペラ?のような歌い方で正直、色物的イメージが強くちゃんと聴いたことはほぼなかった。

自由奔放なニナは当局に目をつけられ、その後は西へ亡命。
亡命してからも「自分はドイツ人ではなく東ドイツ人だ」と語っていた。

同じころ、精神的に疲弊し西ベルリンに移り住んだデヴィッド・ボウイ
ベルリンの壁の前の広場でライヴを行ったボウイ、その時スピーカーの1/4は東側へ向けられていた。

「今夜はみんなで幸せを祈ろう、壁の向こう側にいる友人たちのために」
と呼びかけ ♪ヒーローズを歌うボウイが最高!! これは泣く (T_T)


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壁の向こうで一緒に歌っていた若者たち、表立って権力に逆らうことはなかった東の人たちが「ここから出せ!」と怒りをぶちまけ当局に向かっていくーそんな壁崩壊への第一歩は間違いなくボウイが導いたもの。

そして3人目はルー・リード
後にチェコスロバキアの首相になる劇作家のヴァーツラフ・ハヴェルが、NYからチェコに持ち帰ったベルベット・アンダーグラウンドのレコードからチェコスロバキアの歴史が変わっていく。


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ベルベット・アンダーグラウンドに心酔し結成されたバンドPPU、彼らは政治的な見解を示したわけでもなくロックを演奏したという理由だけで逮捕されてしまう。
このことを許すとチェコには表現の自由が一切なくなってしまうと危機感を持ったハヴェルが行動、反体制派のコミュニティが結成される。

ベルリンの壁崩壊はチェコの若者の背中を押し、プラハ共産党政権に反対する大きなデモとなる。
ハヴェルは若者たちのデモを国全体の大きなうねりへと導き、それは革命となり共産党政権は終わりを迎える。

ルー・リードヴァーツラフ・ハヴェルの親交は生涯を通して続いた。
ハヴェルはアメリカからのインタビュアーにルー・リードを指名、その時の音声が流れたり、チェコの小さな店でPPUと一緒に行ったライヴのシーンなども流れる。
そしてハヴェルが招かれたホワイトハウスルー・リードも呼ばれ、当時のクリントン大統領夫妻や来賓者たちの前で「 I'm Waiting For The Man」を演奏するシーンまで流れる。
当時、ルー・リードホワイトハウスに招かれたこと私の周りでは話題になっていた、笑いながら話すような感じの。
それくらいイメージ的には不釣り合いな感じだったけど、ハヴェルがユーモアたっぷりにプラハで発売されたルー・リードの楽曲本にサインをお願いした時のルーさまの顔!!
何度かライヴに行っているけど、あんなに嬉しそうな顔は見たことない。
ローリー・アンダーソンと一緒にNYのキャットショーへ行った時の写真もすごく幸せそうだったな…。

他にもチェコスロバキアのレノン・ウォール前で行われたジョン・レノン追悼集会での逮捕劇なども描かれる。
ドイツ初の女性首相アンゲラ・メルケルとニナ・ハーゲンのことーTVの討論会でニナに偽善者呼ばわりされ席を立たれてしまった時、微笑みを浮かべているメルケルがとっても印象的、2人は共に東ドイツ生まれで歳は1つ違い、抱えてきた思いは同じはず。
そしてメルケルが退任式で選んだ曲は「カラーフィルムを忘れたのね」だったという事実が感慨深い。

「音楽で世界は変えられない」
でも、人々の魂を呼び覚ますものとして「音楽は世界を変えることに貢献できる」という事実をあらためて見せつけられたような番組だった。

もう一度觀たくておもわずNHKプラスに登録、何度も觀ている私 (;^ω^)
無料の見逃し配信で7日まで觀られるようです。
…ってもう明日なのね~もっと早く書くべきでした…。

しめはルー・リードとボウイ共演の「 I'm Waiting For The Man」で。


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ボウイが亡くなった時、ドイツ外務省が出した追悼文

デヴィッド・ボウイよ さようなら あなたは私たちの “Hero” です 壁の崩壊に力を貸してくれて ありがとう

10日はボウイの命日です。

デキシーズ・ミッドナイト・ランナーズとオーバーオール歴

毎日が氷点下の気温、近所のスーパーに行くのすら億劫になる。
しっかりと防寒のため着替えるのがこれまた面倒で…
最近、そのハードルをちょっとだけ下げる方法を見つけた。
それは部屋着のジャージのズボンの上からオーバーオールをはいてしまうこと!
着ぶくれ感は半端ないけどかなりあったかいし、着替えなきゃ…の問題も解決され一石二鳥。

…ということでオーバーオールといえばデキシーズミッドナイト・ランナーズでしょ!!


「カモン・アイリーン」は今から40年前、82年の大ヒット曲で大好きだった。
でも、今聴いてもやっぱいい曲だと思う。
その頃ちょうどベースを始めたため、コピーして曲流しながら一緒に弾き1人で楽しんでいた、それも懐かしい~ ^ ^

80年代を通ってきた人たちは、たぶんみ~んな懐かしいMV


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私もリアルタイムで、このオーバーオールの可愛い着こなし方を真似た。
その後、ちょっとパンク系になったり60年代系になったりでオーバーオールは封印、封印時代が終わったのは30代になってから。
イギリス旅行も革ジャンとオーバーオールで出かけた、だって楽ちんなんだもの。

40代以降はジムとかヨガとか、ささっと着替える時に着る、夏は涼しいから着るし冬はあったかいから着る…
考えてみるとオーバーオール歴40年だ、全く着ていない時期はあるけれど。

厳密に言うと小学校高学年の頃は、デニムではないウール系のパンタロンのオーバーオールをはいていた記憶もあるため、40年どころではない50年にかかりそうなくらいの私のオーバーオール歴 ^ ^

そして、アイリーンだけじゃない!
ひそかにこのアルバムってハズレ曲がない名曲ぞろい、本当~によく聴いた。


アルバムの1曲目
このMV見てバンジョーが弾いてみたくなり、楽器屋さんでちょっと触らせてもらったことも…。


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スタイル・カウンシルミック・タルボットが一時期、在籍していたようなんだけど、アコーディオン弾いている人がちょっと似ているような…
ライヴにだけ参加していたらしいので違うかもしれないけど。


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そして、2022年版「カモン・アイリーン」発見!
この40年間の変貌がよくわかるんだけど、クレイジーケンバンド横山剣のようになったり、初期のサカイ引っ越しセンターのCMの人(たぶん芸人さん?)のようになったり、ちょっと友達にも似ていて笑った。
アイルランド人だそうだけど、どこか日本人っぽく見えるのは私だけだろうか。


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それにしてもケヴィン・ローランドがすっかりおじいちゃんになってるし、ヴァイオリンのオハラさんも…
驚きながら自分だってしっかり40年歳を重ねているんだけど (T_T)

現在はデキシーズというバンド名で活動を続けているようだけど、99年に発売されたケヴィン・ローランドの2ndソロ・アルバムがなぜかクリエイションから出ている。
再発は2020年、今度はチェリーレッドから…。

私は全然知らなかったけど、なかなかに意味深なこんなMVが…。
セクシャルマイノリティーの3人が踊り歌う、真ん中の男のコはケヴィン・ローランドのお孫さんとのこと。


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いや~このジャケットが凄すぎる (+_+) ケヴィン・ローランド本人よー
アルバムはすべてカヴァー曲で構成されていて、モンキーズビートルズのベタな曲もすっかりケヴィン・ローランド節になっている。

SPOTIFYで公開されている曲は全部聴いてみたけど、やっぱ声と歌い方が個性的で上手い。
あまり売れなかったのはこのジャケットのせいかも。

ニック・ケイヴがH.G.ウエルズ役で出演していた


先日、映画『ルイス・ウェイン 生涯愛した妻とネコ』を観に行き、把握していなかったため驚いたことに、いきなりニック・ケイヴがH.G.ウエルズ役で出演していた。
登場はほんの少しだったけど十分なインパクト!!
何だか髪の毛が増えたような気がしたけど、下向きで生え際を見ていないからかも…

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ニック・ケイヴってたま~に映画に出ている記憶がある。
演奏シーンでの出演ではなく役者として出ているのをいくつか観ている…と言ってもとっさには思い出せず、やはりいちばん印象に残っているのは『ベルリン・天使の詩』、強烈にカッコよかった。


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実はこのMVの頃のニック・ケイヴ&バッド・シーズを生で観ている。
今となっては信じられないことに、何と札幌でライヴが行われた事実が~
場所はススキノにあったライヴハウス、名前もどこにあったのかも全く覚えていない。
同じころ好きだったローザ・ルクセンブルグのライヴもそこで行われ、私はその2回しか行ったことがなく、知らぬ間になくなっていた幻のライヴハウスだ。

ニック・ケイヴは赤ではなかったけど、たしか真っ白の開襟シャツに黒ベスト、足が尋常じゃなく細く、前のめりで歌う姿はしっかりと目に焼きついている。
そして、バッド・シーズに参加したノイバウンテンのブリクサの佇まい(顔も)が、とにもかくにもカッコよくて (♥ω♥*)
…でもギターがどんなだったか実はあまりよく覚えていない。

それなのにニック・ケイヴにライヴ終了後、フロアーの上にあった楽屋から「上がっておいでよ」となぜだかがっつり言われたことはよ~く覚えていたりする、きっと他にも言われていたコはいたと思うけど。
もちろん怖くて遠慮しましたよ~

私はどちらかと言えば、バッド・シーズよりバースディ・パーティの方が好みだった。
解散してしまったためそのままバッド・シーズへ流れたものの、初期のアルバムは何枚か購入し聴いてみたけど、当時はよくわからなかったんだと思う。
ものすごい強烈なものを観た興奮と満足感はしばらく尾を引いたものの、振り返ってみると本当に記憶が曖昧。

なのでバースディ・パーティの好きだった曲を貼って喜びます。
今聴くととってもNWだわ~ ^ ^


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こちらもさらにNW色強し!
PiLもそうだけど、当時こういう感じのギターが好きだったNW時代の私…。


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吠える叫ぶニック・ケイヴ!!
土着的なリズムの感じが好きだった曲。


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そして懐かしいの見つけちゃった♪
可愛いブリクサニック・ケイヴ、これは完全に女子に向けてって感じ。
バッド・シーズってこんなんじゃなかったはず。


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ライヴを観たあたりから私は急激にルー・リードに傾いていくため、あまり積極的に聴くことはなくなってしまったけど、その後カイリ・ミノーグやPJハーヴェイなど女性アーティストとコラボしている印象が強い。
あとは気の毒なことに、息子を続けて亡くしていることとか…。

暗黒の帝王のようなイメージは変わらぬまま、気づくと何だかとってもメジャーで多才なアーティストになっている感じ。
良きことだわ。

ウイルコ・ジョンソンが逝ってしまった…



またしても悲しいお知らせが…
11/21、ウイルコ・ジョンソンが亡くなりました、75歳でした。

2012年、末期の膵臓がんと診断されるも化学療法は一切行わず、最後までステージに立ち続ける道を選んだウイルコ
余命を告げられていた中での来日、これが最後かもしれないと友人知人たちはライヴに足を運んでいた。
その後、セカンド・オピニオンの提供により2014年、11時間に及ぶ大手術で3kgもの腫瘍を摘出、なんとウイルコはがんを克服しステージに戻ってきた。

私は幸運にも初来日の85年とその翌年(だったと思う)の2回、札幌でライヴを観ている。
ググっても出てこないし、もう大昔のことは日付が曖昧で (;^ω^)
チケットは取っておくべき、いや取っておいたんだけど何度かの引っ越しで、たぶん全部捨ててしまった。

札幌の小さなライヴハウスでみんなが踊りまくる、ウイルコも観客も心から楽しんだそんなライヴは、そうそう体験できることではない。
しかもハイネケンが協賛だったため、お客全員に缶ビールが配られるというプレゼントつき。
もちろんみんな開演前にそのビールを飲みほし、すでに盛り上がっていたのは言うまでもない。

今まで観たライヴの中で理屈抜きにいちばん楽しかったのは、もしかしたらこのウイルコのライヴだったかもしれない
私は今はビールを飲まなくなってしまったけど、ハイネケンのグリーンの缶を見るとウイルコのことを思い出す。
男のコたちは一緒に写真を撮ってもらったり、サインをもらったりしていた。
私も入っておいたらよかった…。

パブ・ロックの代表バンド、ドクター・フィールグッド時代のウイルコ
それにしてもいつ見てもVOのリー・ブリローが怖い。
何か顔つきも動きも軍隊の人?みたいに見えてしまうし、歌いながらネクタイ緩めようとしているところなんかざわっとする…。

曲はすべてウイルコが書いているので、脱退してからもフィールグッド時代の曲は必ず演奏していて、私の中ではどの曲もフィールグッドのよりウイルコが歌っている方の印象が強い。

ちなみにウイルコはお酒を飲まないのでホテルの一室で曲作りをしていると、大酒飲みの他3人はいつも隣の部屋で騒いでいたらしい…最低だ。

衝撃的なウイルコのギター


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ピックを使わずカッティングでリズムギターリードギターを同時に弾きだす独特の奏法は、ウイルコ独自のテクニック。
目の前で見て衝撃を受け、ひそかに真似して練習してみたけど指が痛くて長くは続けられなかった。

それにしても私が観た86年頃の動画が全然ない。
ウイルコの生涯の盟友となったブロックヘッズのベース、ノーマン・ワット・ロイがこれまたウイルコに負けず劣らずカッコよくて、その時のメンバーでのウイルコ・ジョンソン・バンドが観たいんだけどな。

こちらはイアン・デューリー&ブロック・ヘッズとウイルコの共演MV


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手術を受ける前にはロジャー・ダルトリーと一緒にアルバムも作っている。
このMV、ウイルコの若い頃やフーもたくさん登場、とっても良いです ^ ^


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そして91年、札幌ベッシーホールでの動画をアップしてくださってる方がいました~♪
私が観た2回目はこのライヴハウス、一瞬、自分を探したけどこの時はもう札幌を離れていたんだった…。
その後もウイルコは、毎年のようにやって来て演奏を聴かせてくれた。


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凄まじくカッコいいギターと共に末期の膵臓がんから見事に復活、たくさんの感動をもらったウイルコのことを忘れない。
ウイルコ・ジョンソンのご冥福を心よりお祈りいたします。